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会員からのブログ、メッセージ集

会員ブログ目次
2021/04/12 未来へ向けて
安積桑野会会長 安孫子 健一(80期)
 東京桑野会の皆様には、お変わりなくお過ごしのことと存じます。また昨年度も、安積桑野会の活動にご支援・ご協力を頂き、感謝申し上げます。ありがとうございました。昨年は年初からの新型コロナウイルス感染拡大の影響で、学校行事や学内外活動は制限され、日程等の変更を余儀なくされました。そのような中、133期卒業生の表彰式・卒業式、136期生の入学式は当初の日程通り挙行されました。在校生の参列はなく、来賓の人数や挨拶も限定される状況でしたが、133期生・136期生ともに現実をしっかり受け止め、様々な困難を乗り越えてくれるものと思います。→▼続きの頁へ

2021/02/24 コロナ禍に想う −コロナに打ち克つ−
東京桑野会・広報部会 会報編集委員編
 最初に東京桑野会の役員お二人が逝去されましたことをご報告し、深く哀悼の意を表します。昨年5月20日に会長代行の齊藤英彦さん(69期)、今年の1月17日に筆頭副会長の松豊さん(74期)がお亡くなりになりました。コロナ感染症ではなかったものの、お二人を失ったことは私にとっても当会にとっても大打撃な出来事でした。ご遺族の皆さまには、謹んでお悔やみを申し上げます。合掌。→▼続きの頁へ

2020/04/20 震災・原発事故 再考 −学校長挨拶−
福島県立安積高等学校校長 小島 稔
 平成31(2019)年4月1日、安積高等学校第45代校長として、着任いたしました。当日は、新元号が公表される日であり、校長室のテレビで「令和」の文字を目にしてから、早1年が過ぎてしまいました。
 東京桑野会の皆様には、母校に対して多大なる御支援をいただき感謝申し上げます。昨年6月7日(金)に開催された東京桑野会総会並びに懇親会にお招きいただき、同窓生の皆様と懇談するなかで、母校への熱い思いを感じ取ることができました。→▼続きの頁へ

2018/04/15 東京学生寮の生い立ち
東京桑野会 広報部会 会報編集委員会
 母校・(旧制)安積中学/安積高校出身者が東京の大学に進学するにあたり、保護者が安心して預けることのできる寄宿舎の存在は心強い。東京在住の安積OBが中心となって、大正10年(1921年)10月に安積出身者のための学生用寄宿舎「東京桑野寮」が開設された。場所は東京・戸山ヶ原と同窓会名簿の年表に記録されているが、『安積中学校五十年史』には、『戸塚町(戸塚原一丁)』との記載があり、現在の新宿区戸塚町1丁目・西早稲田1丁目あたりだったと推定される。→▼続きの頁へ

2018/04/15 愛する故郷のために… 安女OG合唱団《安積フィメールコール東京》
安積女子高校33回(昭和56年)卒  庄司 紀子
 2011.03.11、突然に訪れたあの日。焦りと戸惑いの中で在京の私達に何ができるのか…。取るものもとりあえず立ち上げた『ふるさと応援プロジェクト』でした。若き日に安女合唱部で、渡部康夫先生指揮の下に歌った者たちが、世代を超えて2000年から東京の地に集い、恩師の人生最後の日々を共にしながら楽しく歌っていました。しかし、その師の逝去からちょうど1年後に起こった大震災が、私達の在り方を大きく変えたのです。→▼続きの頁へ

2018/04/01 安積の絆 −学校長挨拶−
福島県立安積高等学校校長 渡辺 昇(90期)
 昨年4月に母校安積に着任しました。昨年5月31日椿山荘で行われました東京桑野会定期総会には、我孫子健一桑野会会長とともに出席し、古川清会長はじめご出席の皆様と親しく接することができ、大変感激した次第です。90期の同級生とも久しぶりに歓談できましたし、大学時代に住んでいた学生寮(椿山荘からすぐ近くにある和敬塾という学生寮、作家の村上春樹も半年いました。)の先輩や、大学の先輩等にも30数年ぶりに再会することができ、感慨深いものがありました。→▼続きの頁へ

2018/02/24 偉大なる人類学者−移川子之蔵(第16期)−のこと
一般財団法人 日本国際協力システム 柳沼 亮寿(90期)
 うつしかわ・ねのぞう。この名前をご存知の卒業生、在校生はどれほどいるだろうか。
 私は学生時代、その頃はまだ知られていない(文化)人類学というものを専攻したので、当時、名前くらいは目にしたことがあったように思う。しかし、卒業後、ある本を手にした時のことであった。国分直一という南方民族学・考古学者が書いている移川子之蔵の項をぱらぱらめくっていると、以下の文が目に止まった。自分が専攻していた人類学の分野で、卒業生にこのような著名な人物がいたことに、とにかく驚かされたのだった。→▼続きの頁へ

2017/12/01 ふくしまアンテナショップのご紹介
東京桑野会ホームページ委員会編集
 東京都内には福島アンテナショップが3店舗あった。しかし、2017年11月23日をもって八重洲観光交流館が閉店となってしまった。東京駅八重洲南口にあったこの店舗は、好立地にも関わらず客数が思ったより少なく売り上げも伸びなかったと聞いている。現在は日本橋ふくしま館「MIDETTE」と都営地下鉄岩本町駅構内福島応援ショップ「ごらんしょ」の2店舗のみになってしまった。→▼続きの頁へ

2017/06/05 甲子園に見た安積魂
石川高等学校校長  田中 誠(91期)
安積高校21世紀枠2001年春季甲子園高校野球選手権大会出場時の監督
 甲子園出場に際し多大のご支援ありがとうございました。東京桑野会OBの皆様を始め、多くの関係者と喜びを共有できて幸せです。甲子園球場で安積高校の名前が呼ばれることや校歌が歌われることをいつもイメージしていましたが、現実となり大きな感動を覚えました。→▼続きの頁へ

2017/05/17 【論説】 東日本大震災6年・被災地差別/正しい知識の普及を
共同通信論説委員 柳沼 勇弥(86期)
 東日本大震災と東京電力福島第1原発事故から6年。被災地の復興が多くの課題に直面しているのに加えて、避難者らに対するいじめや差別が相次いでいる。誠に憂慮に堪えない。こうした問題の原因は放射線に関する根拠のない不安であり、正しい情報の発信と知識の普及が不可欠だ。行政はもとより、報道の責任も重大である。→▼続きの頁へ

2017/05/14 健康寿命の延伸のために我々ができること
一般財団法人慈山会医学研究所付属坪井病院理事長 坪井 永保(91期)
 厚生労働省は2000年3月に21世紀に向けて国民一人一人が健康を実現するためのガイドラインとして「健康日本21」を策定しました。これは、国民の健康寿命の延伸(健康で長生きすること)のために、様々な生活習慣病の危険因子、罹患率・死亡率を10年間でどこまで改善できるかという目標を設定して、様々な健康政策を展開するというものです。2000年からの10年間を第一次とし、2011年4月から再び10年計画で「第二次健康日本21」が開始されました。→▼続きの頁へ

2017/05/14 高齢者医療の現状
郡山医師会会長、医療法人慈繁会理事長 土屋 繁之(86期)
 私は郡山市内で99床の療養病床(医療保険病床:79床、介護保険病床:20床)の病院に勤めています。入院患者さんのほとんどは急性期病院で治療を受け、或る一定の病態で落ち着き、医療的管理必要性が高いことより自宅療養するには難しい方です。退院する方の多くはお亡くなりになって自宅へ戻られます。入院の長い方では10年という方もいて、当院における入院期間(在院日数)の平均は175日と急性期病院に比べるとかなり長期となっています。→▼続きの頁へ

2016/09/26 原発事故による土壌汚染の現状
イチエフ問題を検証する会(匿名OB)
 東日本大震災とその津波による、東京電力福島第一原子力発電所の爆発事故から5年と半年が経過した。今なお帰宅困難地域が残る原発周辺について、空間放射線量の評価はよく耳にするが、土壌汚染はいったいどうなっているのであろうか。人が住む平坦地では除染が進み、土壌を入れ替えることで空間放射線量が著しく減少したという事実がある一方で、面積の70%以上を占有する森林地区は除染の対象外となって手つかずの状態であることも事実だ。→▼続きの頁へ

2016/07/22 原発事故から5年、フクシマの今
宗像良保(78期) 元・プレジデント社
 東京電力福島第一原子力発電所の爆発事故直後の政府の措置について、当初は原発から半径170km圏(およそ仙台−宇都宮間)を『強制避難地域』、半径250km圏(およそ盛岡−横浜間)を『自主避難地域』と決定したが、この時国民向けに発表されることはなかった。→▼続きの頁へ

2016/06/07 安積歴史博物館便り ─安積歴史博物館近況─
公益財団法人安積歴史博物館業務執行理事 橋本 文典(84期)
 今回も東京桑野会の皆さまにご挨拶が出来る機会を設けて頂き有難うございます。本日は昨年の動きを中心にご報告させて頂きます。→▼続きの頁へ

2016/04/01 安積桑野会 会長就任のご挨拶
安積桑野会会長 安孫子 健一(80期)
 東京桑野会の皆様には、お元気でご活躍のこととお慶び申し上げます。常日頃は古川会長を始め多くの会員の方に桑野会活動にご尽力を賜り、心より感謝を申し上げます。→▼続きの頁へ

2015/04/01 安積130周年の区切りに -記念式典式辞より-
 本校創立130周年記念式典(2014年9月6日)より抜粋
福島県立安積高等学校校長 久保田 範夫(88期)
 明治17年、22歳の森鴎外がドイツ留学へ旅立ったのがこの年でありますが、本校は福島県福島中学校として歩み出し、明治22年には福島から当時の安積郡桑野村の新校舎、現在の安積歴史博物館に移転し、以来約33,000名の有為の人材を世に送り出し、今日まで130年の長きに亘って先導的役割を果たしてまいりました。→▼続きの頁へ

2013/04/06 政財界は科学的議論を -原発の安全性-
八巻 俊憲(福島県立田村高校教員86期)
 原発は、言うまでもなく人間の技術によって稼働される。原発の安全上最も必要なのは、平時の運営はもちろん、緊急時の判断と対処が科学的な事実認識に基づいて行われることである。科学的に認識された事実を無視すれば、とんでもない結果につながることは誰にでも分かるはずだが、政治・経済界のリーダーたちは既存の経済体制に目を奪われ、科学を軽視した判断や主張を繰り返している。→▼続きの頁へ

2013/03/03 : 東京桑野会ホームページ開設10周年に想う
芳賀 雅美(ホームページ委員長86期)
 東京桑野会公式ホームページがグランドオープンしたのは、平成15年(2003年)3月1日(土)の正午であった。それから満10年が経過し、めでたく10周年記念の日を迎えた。→▼続きの頁へ

2012/06/03 : 故郷への熱い想い
 まいどおなじみの塩谷哲夫氏(71期)、本稿初公開である構造設計一級建築士の斎藤誠氏(81期)と東大院工准教授の野村貴美氏(83期)の原稿が届きました。ここに発表します。
 故郷復興への熱い想いT 塩谷哲夫氏の独壇場です。
 故郷復興への熱い想いU 斎藤誠氏、野村貴美氏の投稿です。

2011/06/12 : 【次代への名言】雨ニモマケズ編
産経新聞朝刊掲載(2011/05/09〜05/31)のコラム  関 厚夫 記者
 朝河貫一博士の23編の名言を偉業とともに解説している。関記者は安積のOBでもなく、歴史学者でもない。安積OBなら誰でも知っている、大先輩「朝河貫一博士」の業績を称える▼名コラムを一挙に紹介する。

2011/06/05 : 東京桑野会の会旗
     会旗製作の思い出(製作:1968年11月3日)
中路 信(65期)
 毎年の東京桑野会総会会場を飾る紫の旗は、製作されてから今年で43年になる。丁度一世代を経過したので、この旗の製作の経緯と、当時の思い出を記録しておきたいと思う。→▼続きの頁へ

2010/06/13 : 横須賀・戦艦三笠公園
     84期同期会(野志の会)番外編 
小林伸久(84期・野志の会)
 平成22年4月24日(土)10時 京浜急行横須賀中央駅で、高校の同期生と待ち合わせて3人でまずは「記念艦 三笠」へ。徒歩10分ほどで到着。
 言うまでもなく、日露戦争時、ロシアのバルチック艦隊を作戦参謀の秋山真之の作戦立案により、東郷平八郎が指揮をして、世界の海戦史上稀有の完全勝利を収めた時の連合艦隊の旗艦である。→▼続きの頁へ

2010/06/06 : スクールカラー「紫」考
     なぜ安積高校のスクールカラーは紫なのか?
渡部良朋(電力中央研究所上席研究員〈兼〉東北大学大学院客員教授)
 今年初め、東京桑野会事務局に、一つのメールが入った。母校の生徒会会長を務める相楽純君からである。"生徒会機関誌「安積野」の編集を行っていて、現在安高生の素朴な疑問に答える記事を製作していますが、そこで出てきた素朴かつ興味深い疑問に、「なぜ安積高校のスクールカラーは紫なのか?」というものがありました。安高=紫というイメージは当たり前のように入学当初から持っていましたが、いざこのような質問を受けると答えることができません。わかりますでしょうか?」"というものであった。これに反応した広報部は、以下のような返事を送った。→▼続きの頁へ

2009/07/30 : いまだ、"キング"になれない日本の"ライス"
     シネマ『キング・コーン』に見る"米国の<CORN>徹底活用戦略"に学ぶ、ライスの未来
塩谷哲夫(東京農工大学名誉教授)
 5月のゴールデン・ウイークの4日、東京渋谷の映画館「イメージ・フォーラム」でアーロン・ウルフ監督・製作の映画『キング・コーン』(2007年,アメリカ)を観た。「コーン(CORN)」とは"トウモロコシ"のことであり、サブタイトルは「世界をつくる魔法の一粒」であった。
 物語は、大学生のイアンとカートの二人が、これから社会人になるにあたり、「自分たちの食生活を見直してみたい」と、米国最大のコーンベルト地帯のど真ん中、アイオワ州に1エーカー(約40アール)の農地を借りて、アメリカの最もメジャーな作物コーンを栽培し、作られたトウモロコシがどこに出荷され、何に使われるのかを訪ねる旅に出る。→▼続きの頁へ

2009/07/30 : 横浜開港150周年
大内博文(安積71期)
 2009年6月2日、新しく整備された「象の鼻パーク」で記念式典が行われました。9月までさまざまなイベントが企画され、7月18日から26日までの「海フェスタ よこはま」が人気を呼んでいます。MM21地区から新港地区(赤レンガ倉庫)、大さん橋埠頭、象の鼻パーク、山下公園を中心に大勢の観光客が集まっているのはテレビ放映その他でご存知かと思います。→▼続きの頁へ

2009/04/15 : 永井陽之助氏(日本の政治学者)追悼 −2008年12月30日逝去−
東京桑野会ホームページ委員会編集
 国際政治学者の永井陽之助氏(安積54期)東京工業大学名誉教授が昨年2008年12月30日に死去していたことが3月18日、分かった。84歳だった。東京都の出身。葬儀は近親者で済ませた。関係者によると、数年前から入退院を繰り返していたと言う。→▼続きの頁へ

2009/04/05 : 「志と心意気」でつなぐ架け橋
          −グリークラブ、ブラジルでの日本人移民百周年記念公演を終えて−
丹治亮介(早稲田大学政治経済学部4年:投稿当時[2008年度])安積117期
※早稲田大学グリークラブ101代/2008年度・部長
 私が代表を務めていた男声合唱サークル、早稲田大学グリークラブは昨年9月16日から26日までの11日間、ブラジルのサンパウロ、カンピーナス、リベロンプレット、リオデジャネイロの4都市7箇所で、ブラジル日本移民100周年を記念した海外公演を行ってきた。ブラジルは日本から飛行機でも27時間。もっとも遠い国の一つでありながら、日系人が130万人ともっとも多い国である。→▼続きの頁へ

2008/06/08 : ブラジル農業の"実力"−その多様性と注目の乾燥地灌漑農業−
塩谷哲夫(東京農工大学名誉教授、全拓連JATAK参与)第5弾〜連載です
 今年は、日本人のブラジル移住100周年に当たるので、新聞やテレビでブラジルのことがいつもよりは余計に報道されているようである。ただし、NHKのTVドラマ『届かなかった手紙−ハルとナツ』に代表されるように、戦前の移民の経験した苦労の思い出ばなし風のものが多いように思う。確かに言い尽くせないほどの窮状、困難があったに違いない。しかし、多くの日系人が、それらの苦労を乗り越えて成果を挙げ、・・・→▼続きの頁へ

2008/06/07 : ブラジルコーヒー : 日本人の100年
          −ブラジルで半世紀、日本人最高のコーヒー園を築いた農場主からの手紙−
塩谷哲夫(東京農工大学名誉教授、全拓連JATAK参与)第4弾〜連載です
 日本人の初めてのブラジル移民船「笠戸丸」が1908年6月18日にサントスの港に着いた。今年はブラジル日本人移民100周年に当たる。それを記念してさまざまな取り組みが行われる。
 2月のブラジル・リオのカーニバルには、「笠戸丸」をテーマに、生け花や寿司、大仏様などの日本文化を象徴した飾りつけや日本のきものをデザインした衣装のダンサーを配した山車が登場した。ブラジルのサンバチームに日系の人々も参加してパレードする姿が・・・→▼続きの頁へ

2008/06/07 : いちばん遠くて、いちばん近しい国ブラジル −ブラジル日本人移民100周年を記念して−
塩谷哲夫(東京農工大学名誉教授、全拓連JATAK参与)第3弾
 日本人がブラジルに移住して100年が過ぎた。「1908年6月18日9時30分、皇国殖民合資会社(水野龍社長)募集の781名の農業契約移民(165家族733名、独身者48名)ほか自由渡航者12名を乗せた笠戸丸がサントス港に到着した。サンパウロ州コーヒー農場への雇用契約移民の始まりである。」(移民80年史編纂委員会,『ブラジル日本移民八十年史』)。→▼続きの頁へ

2008/04/12 : 安積の新入生へ
丹伊田佳織(安積120期、第59代安積高校應援團團長)
 私は第59代應援團團長を務めさせていただきました。 せっかくこのような場をいただけたので、今現在應援團に少しでも興味のある生徒や新しく入学してくる新1年生向けに原稿を書きました。これを読んで應援團への入團を決意していただければ幸いです。また、それ以外の方でも私の感じた應援團とはどんなものなのか知っていただければと思います。→▼続きの頁へ

2007/06/03 : ブラジルにおけるサトウキビエタノール事情
塩谷哲夫(東京農工大学名誉教授、JATAK農業技術普及交流センター)第2弾
 自動車燃料として、ガソリンとアルコールとどっちが得か? いま、ブラジル社会では、何時までも続くわけでもないだろうが、ちょっとした騒動が持ち上がっている。−「バイオガス」、それは日本でも取り上げられた地球環境対策の新しいエネルギーである。→▼続きの頁へ

2007/04/08 : 「安積高校共学化」6年を経過して(安積高校の男女共学を考える)
ホームページ委員会編集・構成
 2001年、平成13年4月に117期生が安積高校に入学した。男子263名・女子137名、安積高校が男女共学となった最初の年である。この時から6年が経過し、2007年の今年3月には120期生が卒業した。東京桑野会の新入会員として117〜119期の多くの女子会員が参加し、今年も120期の新入会員を迎えることになる。名実ともに男女共学化が定着した現在、賛否両論の大激論を展開した当時を思い出し、その経緯と現状を考えたい。→▼続きの頁へ

2007/04/08 : 医療崩壊をどう食い止める ―朝河貫一先輩に学ぶ―
本田宏(埼玉県済生会栗橋病院副院長、医療制度研究会副理事長)
 昨年(平成18年)の6月24日の東京桑野会総会の席上、古川会長のお許しをえて日本の医療現場(特に急性期医療)が崩壊を始めたことを紹介させていただいた。その後斉藤英彦幹事長から、先日の話を会報に寄稿してはとのお言葉をいただいた。せっかくの機会、同窓の皆様に日本の医療崩壊とその背景に潜む問題点について私見をお聞きいただきたい。→▼続きの頁へ

2007/04/01 : 安積に学ぶことの幸い (特別寄稿)
安積高校校長 関 博之
 安積122年の重みをしたたかに感じるときがある。その一つは、安積が育み輩出してきた海のように広い人材の豊かさ、多彩さを身をもって感じるときである。就中、その豊かさ、多彩さを本校生徒とのかかわりの中で目のあたりにするとき、安積に学ぶことの幸いに心がふるえる。→▼続きの頁へ

2007/02/10 : 「海洋国家日本」への独り言
大内博文(社団法人 日本船舶機関士協会 会長)
 「海洋基本法(仮称)」が今国会で議員立法として審議されている。海洋・海運国家としての認識は国民の中に定着しているであろうか。
 日本の領土は、現在38万平方キロの面積を有し、世界で59番目の広さを持つ。これが排他的経済水域面積(EEZ)を取ると447万平方キロとなり、6番目の面積となる。この広大な面積をいかに管理・利用するかは日本として重大な問題である。→▼続きの頁へ

2006/04/16 : ブラジルからの熱い風−ブラジルのサトウキビ生産事情
塩谷哲夫(東京農工大学名誉教授、JATAK農業技術普及交流センター)
1)サトウキビ生産の世界でのブラジルの「実力」
 世界のサトウキビ生産は、FAOの発表(2004年)によると、世界の合計で栽培面積が20,287千ha、生産量は1,323,952千トンである。そのうちブラジルが5,571千ha(27.5%)、410,983千トン(31.0%)を占めている。第2位はインドで、4,100千ha(20%)、244,800千トン。3位以下はかなり水があいて、中国(1,353千ha、90,635千トン)、タイ、パキスタン、メキシコと続く。→▼続きの頁へ

2006/03/03 : 東京桑野会ホームページ開設3周年に想う
 東京桑野会公式ホームページがグランドオープンしたのは、平成15年3月1日(土)の正午であった。それから満3年が経過し、4年目に突入した。当会ホームページを管理・運営する立場として、4年目を迎えるにあたり想うところを書き留めておく。→▼続きの頁へ



2003/03/01 : ホームページ委員会
 当ホームページ委員会では、ホームページの運営・管理に参加して頂ける会員の方を随時募集しています。パソコンもインターネットも苦手という方も、技術面で援助できる方も大歓迎です。安積を愛する皆様の気持を役立てて下さい。ニュースや写真の収集や相談室掲示板での回答、後輩達への助言といった地道な活動がホームページを支えてくれます。


▼未来へ向けて
▼コロナ禍に想う−コロナに打ち克つ−
▼震災・原発事故 再考
▼東京学生寮の生い立ち
▼愛する故郷のために−安女OG合唱団−
▼安積の絆−学校長挨拶−
▼偉大なる人類学者−移川子之蔵のこと
▼ふくしまアンテナショップのご紹介
▼甲子園に見た安積魂
▼東日本大震災6年・被災地差別/正しい知識の普及を
▼健康寿命の延伸のために我々ができること
▼高齢者医療の現状
▼原発事故による土壌汚染の現状
▼原発事故から5年フクシマの今
▼安積歴史博物館便り
▼安積桑野会会長のご挨拶
▼安積130周年の区切りに
▼政財界は科学的議論を
▼HP開設10周年に想う
▼故郷復興への熱い想いT
▼故郷復興への熱い想いU
▼産経新聞次代への名言
▼東京桑野会の会旗
▼横須賀・戦艦三笠公園
▼スクールカラー 「紫」考
▼シネマ『キング・コーン』
▼横浜開港150周年
▼永井陽之助氏追悼
▼ブラジル移民百周年記念公演
▼ブラジル農業の実力
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▼遠くて近しい国ブラジル
▼安積の新入生へ
▼ブラジルにおけるバイオガス
▼安積高校男女共学化
▼医療崩壊をどう食い止める
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▼海洋国家日本への独り言
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