
| 過年度会長ご挨拶特集 | |||||
|
|
|||||
![]() 古川清会長 |
2007年 4月 東京桑野会にも強いインパクトを与えたものとして、福島県立高校の男女共学完全実施を考えてみたい。半ば強引とも思えたその進め方には、男子校、女子校の多くの卒業生が反対を表明した。私も反対であった。戦後半世紀以上も経っているのに「何を今更」との気持ちもあった。少なくとも卒業生の組織は100年近く或いはそれ以上(安積の場合は116期まで)男の文化、女の文化を持ち続けてきた訳であるので、同窓会などでは異性がすんなりとなじむまでには、尚若干の期間を要するかもしれないと思う。 結論を申せば、少なくとも安積高校に関する限りは共学制は成功であった。一種のシナジー効果とも言うべきであろうが生徒の質も向上し、大学進学率にも改善が見られている。私は昨年、二回安高を訪問する機会があった。一回は大学受験を控えた三年生を激励し、一回は「分野別講演会」の基調講演を依頼され、一年生を対象に進路について先輩ズラをして参考になる話をしたつもりである。私の率直な印象を申し上げれば、明らかに生徒達の生活は充実しており、高校生活を意欲と達成感をもってエンジョイしている。正直なところ、彼らの未来に全く心配はいらないと思った。 最後になるが、我々の関心事は関東圏の大学に進学した後輩達を如何にして東京桑野会に誘導するかである。若い力の注入がないと組織は老衰してしまうからである。一案ではあるが、毎年の分野別講演会の多くは東京桑野会のメンバーによってなされているので、このチャンネルで東京桑野会総会・懇親会の参加者を増やせないものであろうか。諸兄の知恵と協力をお願いしたい次第である。 (2007/04/01)------------------------- 2006年 4月 日本は現在、大変な変動のさ中にある。いろいろな社会システムが妥当性を失い改革を迫られているのである。小泉内閣の構造改革はこの大きな流れを如実に反映している。 ではその変動の核心とは何か。一言でいうと平等主義との決別と競争原理の導入である。戦後わが国の基本原理は「平等」であった。「平等」主義は抜きん出る者を防止することを意味する。従って話し合いによって円満に皆が潤うよう、内部的に工作が行われることにもなる。世間ではこれを「談合」というらしい。 しかしその結果はどうであったか。第一に国は活力を失ってしまった。財政赤字は膨れ上がり、今や国と地方の借金は国民総生産の2年分にもなりつつある。中学生や高校生の学力も低下し、フリーターや、やる気のないニートの若者が殖えているのも、過度の平等主義に由来している。いずれにせよ20世紀末は、「話し合い」でぬくぬくとしていた日本にグローバリゼーションの大波が押し寄せ、日本経済のバブルは崩壊し、「失われた10年」の悪戦苦渋の日々となったのだ。 幸いにも今、日本経済は回復に向け力強い歩調を取り始めた。これからが正念場である。冷酷とも言えるグローバリゼーションの時代を生き抜くためには、どうしてもあらゆる面で競争原理を大幅に導入することが必要なのである。競争の時代になれば、組織も人も守旧的に立ち止まれば脱落してしまうので、絶えず新しいものを求め改善・改革していかなければならなくなる。 しかし、そもそも社会は競争原理で進歩してきたのである。平等主義の時代においても人は絶えず自己研鑽に励み、企業も切磋琢磨していた。そのような人が大成し、そのような企業が伸びたのである。我々が安積で学んだのも校歌や応援歌にある「励み」であり「七州の覇」であり、「競い立て我健男児」ではなかったか。すべて「競争原理」であり「自己向上への誘い」なのである。向上心を忘れたら、人も社会も劣化の一途を辿ることになる。 さて、競争原理の時代における同窓会「東京桑野会」の役割はどのようなものであろうか。私は澤田前会長の遺訓「会員の頼りになる」会に向け一層努力することが要請されているのではないかと思う。同窓会は平等主義そのものの集まりではあるが、我々の東京桑野会が全ての会員の憩いの場所となり、人生の内容がより豊かになるきっかけを与えてくれるよう、お互いに努力して行こうではないか。 (2006/04/01)------------------------- 2005年 4月 母校の創立120周年記念行事も無事に終了し、安中・安高の歴史は121年目に入った。5世代に亘って安積に学んだファミリーもあるというのだから凄いことである。 長い歴史を振り返ってみると、母校は幾度かの衝撃に見舞われている。第一は明治17年に福島市に開校しながら校舎が焼け、僅か2年後に安積郡桑野村への移転が決定されたことである。第二は昭和22年の学制改革であり、安積中学校は安積高等学校となり、就学期間も5年から3年に縮まった。第三は4年前の男女共学制移行である。この中で最大のマグネチュードをもってやってきたのは共学制であった。ご存知の通り、桑野会は磐高や磐女の同窓会と手を組んで反対運動を展開したが、県当局の方針を覆すことはできなかった。何ゆえ桑野会は反対運動を展開したのだろうか。私の考えでは卒業生のアイデンティティの維持に危機と不安を感じたからである。安積は一世紀以上も長きに亘り、県内有数の男子校として多くの人材を世に送り出してきた。おのずと校風が築き上げられ、卒業生は明確なアイデンティティを共有し誇りとしていた。男女共学制の導入はそのアイデンティティに重大な変更を要求するものであり、卒業生の意識に対して大きな変革を迫ることとなった。 幸いこの共学制は極めてスムーズに定着し、大学進学結果にも概ねは改善が認められているのは喜ばしい。女子生徒の比率は4割に達し、生徒会会長が二世代続いて女子が選ばれていると聞いた。「男子ガンバレ!」の反応を示す向きもあるようだが、その意識こそがアイデンティティの危機なのである。幸い昨年の東京桑野会総会には、117期の新卒者3名(内、女子が2名)が参加してくれた。例年新卒の出席者が非常に少ないので、今後とも新卒者並びに若い世代の誘導には力を注いで行きたいと考える。 また数年前より、東京花かつみ会(安積女子高校並びにその後身の安積黎明高校の首都圏同窓会)との交流が行われており、各々の総会に幹部役員を相互に招待することが定型化しつつある。この交流は今後共積極的に進めていくつもりである。東京花かつみ会も共学制移行に伴うさまざまな問題を抱えている様なので、東京桑野会としても交流促進は充分意味のあるものと考える。 他方、東京桑野会はここ数年間、会長・幹事長らが母校を訪れ、大学受験を目前に控えた3年生に激励を行ってきた。狙いは、東京桑野会の紹介と新卒者への参加アピールにあったが、昨年は日程の折合いがつかず実現できなかった。昔と違い生徒達の日程は相当詰まっている様であり、又意識も変化していると思われるので、3年生へのアピールは別の方法を考える必要があるのかもしれない。 いずれにせよ、東京桑野会の発展のためには次の要素が必要である。 1. 年次総会が全ての年齢層にとり楽しいものであること。 2. 毎年多くの若い世代の入会・参加があること。 この点、会員各位の御協力をお願い申し上げる次第である。 (2005/04/01)------------------------- 2004年 4月 本年は母校創立120周年に当る。喜ばしいことである。明治17年といえば、わが国が近代先進国を目指して生みの苦しみを味わっていた時だ。対外的には不平等条約解消を目指し条約改正の意図を各国に通告した年だし、国内的には三春出身の河野広中らの自由民権運動が過激化して自由党が解体に追い込まれた年でもある。その時期に開校されたわれらの母校の歴史は近代日本の歩みと重なっている。改めて母校の120周年の歴史の重みと、そこで学んだ誇りを感ぜざるを得ない。 その120周年を目前にして澤田悌名誉会長が亡くなられたのは残念であった。澤田さんは東京桑野会の中興の祖であり、氏の指導力なかりせば会はおそらく今頃衰微していたに相違ない。 会報の第1頁に掲載されている東京桑野会の3原則は澤田さんの書き下しであるが会のあるべき姿を実によく纏められている。私なりに解釈すれば次の通りとなる。 第1の原則は「同窓の親睦」である。親睦の会であるのだから、いかなる意味でも親睦にダメージを与えかねない要素は会の運営から排除せねばならぬ道理となる。特に「政治」や「商業主義」の要素は絶対駄目である。政治はプロ・アンド・コンで常に対立がつきものだし商売は利益と絡んでしまう。要するに親睦以外の目的のために東京桑野会が使われてはならないということである。 「同窓」については、全員の資格要件は「安積に学んだ」ことのみであり、会員はすべて平等ということを意味する。職業や社会的地位などは会の運営においては関係のない事柄である。東京桑野会の会員は40期台から110期台まで70年の巾があるがすべての年齢層に配慮した運営が望まれる。特に本年からは女性会員も入会するのでこの点についても意を用いなければならない。 第2の原則は「楽しい会」である。会員であることが楽しいものであるようにせよとの澤田さんの遺言だと私は思っている。会の最大の行事は年1回5月に目白の椿山荘で開かれる総会と懇親会であるが、これを会員にとり待ち遠しい程楽しいものにすることが、企画に携わる私共役員に課せられた任務と考えている。「そうなっているか」と問われると自信はないが、この点については会員諸兄よりの提案やサゼスチョンも頂いて引き続き改善を試みたいと考えている。 第3の原則は「頼りになる」ことである。この原則の実現が実は一番難しい。頼られる前提としてのコミュニケーションの確保が難しかったからだ。しかし東京桑野会のホームページが出来て事情は革命的に改善された。HP誕生の経緯については昨年の第25号会報に詳しく載っており、"東京桑野会"とクリックするだけでHPの会報欄アクセスが可能となる。このHPは業者に頼んだのではなく、コンピューターに詳しい会員諸兄達のボランティアの手作りの結晶でありコンテンツは実に素晴らしいと自負している。これだけの内容のHPを自前で立ち上げた高校OBの会は余りないと思う。HPには「会員親睦の頁」があり様々な情報の入手ができる上に、同期会開催などの情報のインプットも可能である。コンピューターさえあれば会員相互の意思の疎通は非常に容易になった、ITさまさまである。会員諸兄におかれては東京桑野会のホームページを大いに活用して頂きたい。 以上が私なりの独断的解釈であるが私には一つの夢がある。新しく東京地区にやってくる新卒同窓生諸兄達に彼らの新しい生活がスムーズにスタートできるよう東京桑野会として何か手伝ってやれないものかということである。私自身昭和24年に東京にやってきて寮生活を始めたが、東京の生活にとけ込むのに初めの中は苦労したことを思い出す。澤田さんは常に若い世代への配慮の要を説き、彼らの意見を取り入れることを重視されていた。若い世代の支持なくしては会の永続的繁栄はあり得ないのである。3原則を考えながら改めて澤田悌名誉会長の御遺徳を偲んだ次第である。 (2004/04/01)------------------------- 2003年 3月 東京桑野会ホームページ開設最初のご挨拶 東京桑野会は、旧制・県立安積中学校、県立・安積高等学校の首都圏同窓会として長年活動を続けてきた。まもなく創立120周年を迎える母校から輩出された、多くの同窓生の首都圏における「安積を想う心のよりどころ」であると自負している。このたび、東京桑野会のホームページが開設されたことを報告し、共に喜びたい。世はインターネット時代である。IT革命のパワーはすさまじく、われわれの生活全般が、大いなる変革を余儀なくされている。私もパソコンを求め、Eメールなどを始めているが、想像を超える便利な機械が発明されたものだと思う。コンピューターを通じてあらゆる情報が、広範にかつスピーディに入手できる。ニューヨークの友人は、毎日、日本の新聞のホームページにアクセスして情報を入手しているので、外国にいる気がしないと言っていた。私もワシントンのホワイトハウスのホームページにアクセスしてみたら、ブッシュ大統領の記者会見が、音声として聞けるので驚いた。新聞などのメディア企業の経営はこれから大きな影響を受けるのであろう。 東京桑野会でも、ホームページを立ち上げることになり、この方面に詳しい若手会員が努力してくれた。今年の総会案内は、このホーページのお知らせでもなされている。今後は、会員諸兄の間でこのホームページを大いに活用して、東京桑野会を盛り上げて欲しいものである。 東京桑野会の最大の行事は、年一回5月に開かれる総会並びに懇親会であるが、その意味合いは、IT時代になってますます大きくなっていると思う。年に一回、椿山荘のおいしい料理をいただき、どうやら飲み放題の酒を酌み交わしながら「安積」に学んだお互いの縁を噛みしめつつ友と語らうことは、正しく至福の一時ということができる。また、参加するすべての人にとって、至福の一時となるよう、会員諸兄の協力と努力をお願いしたいと考える。 (2003/03/01)------------------------- |
||||
| 前頁に 戻 る |
|||||
| 前頁に 戻 る |
|||||